年の初めの…
         〜789女子高生シリーズ
 


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 今時のそれと、古来からのとに、ちょっとしたジェネレーションギャップとでも申しましょうか、見解の相違があった“追い羽根つき”だったものの。草野さんチのお館様の提案から、何とか穏やかに、昔ながらのやり方のほうでの楽しみようを堪能していた、いづれが春蘭秋菊か、それは可憐で麗しいお嬢様たちで。

 「そぉれ。」
 「はぁい。」

 給仕人の衣装という仕立てなせいか、振り袖と言ってもそれほど長々した袂だということはなく。

 たすき掛けしましょうか?
 いやいや、この程度が捌けなくってどうします。

 着付けの折、なかなかに頼もしいお言葉を返したのも伊達じゃない。時折 地面に擦れかかる袂を、空いているほうの手で“おっと…”と からげ上げる所作こそ出るものの。それだとて、余裕あっての麗しき仕草。羽子板が的確に羽根を追い、コーンと小気味のいい音を立てて打ち返せば、赤や緑、黄色に白といったカラフルな羽根のプロペラ回しつつ、那智黒のようなムクロジの実が、空へふわりと舞い上がる。そんな所作に合わせて、令嬢たちそれぞれが着付けた振袖の、赤や橙、紫のお袖が 蝶々の羽根のように宙をヒラリと泳ぎ。軽やかな足取りの方は方で、紺袴の裾がひらひら・はらりと、あくまでも淑やかにひるがえりして、それは優雅なお正月遊びの図となっており。興じている少女たちはいずれも、明るい髪色をし、瞳も玻璃玉のように透いているという、外国に係累がおわすかのよな風貌だというにね。さして違和感を感じないのは、そんな所作の根底に、きっちりと染ませられたお作法を感じるから。

 “だって、日本人ですものねぇ。”

 唯一 アメリカ育ちの平八はともかく、見た目はどうあれ、七郎次も久蔵も日本で生まれて日本の常識や躾けの中で育った子らだ。それどころか、今時は減りつつある畳敷きの和室もある屋敷で育ち、習い事では茶道や華道、日本舞踊もかじった身の上。ともすりゃ、そこいらの 後から茶パツにしたお嬢さんたちより、ずんと“やまとなでしこ”なのも当たり前な話であり。

 「あ…。」

 今日はどちらかと言えば穏やかなお日和だったのだが、それでもまだまだ冬の気候。不意にひゅうと少々強い北風がやって来て、ひなげしさんの前髪をいたずらした。視野が不意に遮られ、そのお手にも不用意な力がかかってしまい、くるるっと回りながら、追い羽根はあらぬ方へと舞ってゆく。

 「あ、すいません。」
 「……。(大丈夫)」

 頼もしい視線をちらと寄越しつつ、軽快な足取りで久蔵が追ったが。間の悪いときは重なるもので、

 「…っ!」
 「あ、こらっ、イオっ!」

 差し伸べた羽子板の先、ほんの数ミリという狭間へすべり込んだ影があり。宙へなめらかな放物線を描くほど、ゆるい強さと速度で外れた追い羽根、色彩の華やかさもあってか、こちらのお宅の飼い猫さんが、通りすがりにその好奇心へと火を点けられたらしく。甘い褐色の短毛におおわれた、しなやかな肢体を こそりとひそませていたらしいニシキギの茂みから。そりゃあ瞬発力もよく、ひょいと身を乗り出すと、久蔵が真っ向から駆けて来たのにも怯むことなく、お見事な間合いで羽根をパクリと咥えたものだから。

 「〜〜〜っ☆」
 「あらまあ。」

 滅多なことじゃあ驚かぬ三人娘が、これへばかりはキョトンとするやら驚くやら。一番ビックリさせられただろう、危うくにゃんこを引っ叩くところだった羽子板をすんでで止めた久蔵が、そのまま身を制止させたその隙をつき。獲物いただきと勇んで駆け出す始末とあっては、

 「大した度胸ですねぇ。」
 「関心しないでくださいよぉ、ヘイさん。///////」

 ほほおと感嘆するひなげしさんのお言いようへ、お行儀が悪いったらと、真っ赤になった七郎次が、これイオお待ちと、羽子板片手にアビシニアンちゃんを追いにかかり。

 「あ、シチさん。ムキにならない方が…。」

 どう見たって猫が狩猟本能からやらかしたこと。わんこと違って、これがご主人様との遊びだとは思うまいから、追っ手の様子を見つつ“おいでおいで”と足並みを緩めるどころか、

 「うあ。」
 「…、…、…、…。(早、速、敏捷)」

 母屋に沿って植えられた茂みに飛び込むのも忘れ、ピューマかチーターか、野生の獣よろしく、なかなか強靭、且つ しなやかな走りを見せるイオちゃんで。風のように駆けてゆく様の鮮やかさを見て、まずはとっとと諦めるものだろに。

 「待ちなさいっ、イオっ!」

 こちらさんもまた、どういう負けず嫌いなやら。引っつめに結われた髪へ添えられた、椿だろうか縮緬細工の飾り物が風を受け過ぎて歪むほど。そちらも相当な速度でもって、追っかけ続ける白百合様であり。だってのに、あくまでも淑やかに、袴の裾をからげて…という勇ましさではないので、そうは見えないのが却って恐ろしい。あっと言う間に小さくならんとする後姿を呆然と見送っていたものの、

 「追いましょう、久蔵殿。」
 「?」

 なんで? 任せておけばいいのに?と、こちらもこちらで、妙な信頼から七郎次を見送ってた紅ばらさんだが、

 「慣れない服装です、転んだら大惨事で…。」
 「………っ!」

 かつての侍ではありませんので…と言っても通じまいし、それは平八も思いつきもせなんだこと。鬼百合、もとえ、白百合さんの足腰の強靭さや安定感は、ひなげしさんもまた ようよう判っているけれど。不慣れな恰好だ、彼女の身が危ない…という言いようをすれば効果は覿面。言い終わらぬうちにも“どびゅんっ”と駆け出す加速の物凄さよ。こちらさんもまた、袴をたくし上げるというような、見るからに はしたないことはせなんだが。上体を低く倒しての前傾姿勢は本格的で、時代劇に忍びとして出て来そうな勢いであり。

 「…あれはあれで、
  目に留まらないから不審には思われないかもですね。」

 うんうんと頷きながら、こちらさんは…焦っても到底追いつけまいとの確信の下、てくてくと歩いて 後を追う、ひなげしさんだったりしたのだった。




     ◇◇◇



 なだらかな斜面
(なぞえ)のロータリーを上り詰め、庇のある車寄せまでというのが、車でお越しのお客様の正面玄関までの進路であり。そこまでだと、レンガ積みの洋館風と解釈できなくもない外観なのだが。前庭の芝生に敷かれた飛び石の中、丸く刈られたイヌツゲの茂みの向こうに望める、茅葺き屋根の四阿(あずまや)の方へと逸れて歩めば。楓や椿、古梅に、掘池の畔には柳を配した、なかなかに凝った日本庭園が広がる、実は本格的なお屋敷であり。

 「イオっ。」

 いい加減に止まりなさいと、羽子板を振り振り追いかけるお嬢様だったが、猫ちゃんの方では聞く耳なんて持ちゃしない。振り向きもせぬまま、弾丸のようになって駆けてくばかりであり。加速を緩めぬまま、ササッと曲がったのが勝手口への通路というのは判っていたが、

 「…わっ。」
 「きゃっ!」

 そこから出て来た人があったのまでは、さすがに想定してはなかった七郎次で。袴姿と言っても足元はブーツだったその上、すぐ後へと追いついていた久蔵が、ちょうど背後に間に合って。急停止のあおり、仰のけざまに倒れかかったの、懐ろへ受け止めてもらえて持ち直せた。

 「ご、ごめん。ありがとです、久蔵殿。」
 「〜〜〜。(否、否)」

 自分は平気だが、シチこそ大事はなかったかと、ふわふかな綿毛を揺すぶってかぶりを振ってから、案じるようなお顔になった紅ばらさんへ、大丈夫ですよとにっこり微笑んだ白百合さんだったものの、

 「…あの、そちらは?」

 急なこととて、さすがに驚いたのだろう。揃いの白衣…というか、食べ物関係のお店の人らしい白い上っ張りを着た男性二人が、勝手口前のポーチに唖然として立ちつくしており。七郎次がたたらを踏んだのは、だが、どこかが当たっての衝突転倒じゃあない。すんでで気配を察し、咄嗟の紙一重で避けようとした後ずさりのようなもの。よって、ぶつかってはないことは承知だったが、

 「荷物のほう、無事でしたか?」

 その手に提げられていた、平たい飯台に手桶のような提げ柄のついた、ちょっと変わった岡持ちを見やって訊いたもの。余計な驚きから、下げに来た高価な鉢だの皿だのを欠けさせては一大事。そうと思っての訊きようであり、視線で手元を見やる七郎次なのへ、はっと我に返った彼らの側でも、

 「あ、いえ。この中は空でして。」

 幾ら正月でも、松の内も過ぎた今、こうまできっちりとした和装姿のお嬢さんはそうはいない。ということは、この館の令嬢かも知れぬと、どぎまぎしつつも丁寧な物言いをする彼らであり。

 「わたしら銀嶺庵の者でして。
  明日の初釜のお菓子をお届けに上がりました。」

 「あ、そうでしたか。」

 草野さんチの奥方は、茶の湯の師範でもあり、免許皆伝なさっているだけじゃあなくの、何人かの生徒さんに教えてもいらっしゃるがため。新春には“初釜”といって、お客人を多数招いてのお茶会が催されるのだとか。その折にお出しする菓子なら、毎回 ご贔屓の和菓子匠“銀嶺庵”へ頼むのが常なので、

 「それはご苦労様でした。」

 帰るところなら道を塞いでいては邪魔になる。路地裏ほども狭いところなんかじゃあなかったが、それでも表へ出る門口までの通り道、平たい飛石の連なりへどうぞと。久蔵と共に片側へ身を寄せて、空けて差し上げた白百合さんであったのだけれど。

 「……待て。」

 擦れ違いかかる微妙な手前。面と向かい合う格好になったそのまんま、何故だか久蔵は退こうとしないままでいて。しかもしかも、持ったままだった羽子板の先で相手をびしぃっと指し示し、

 「きさま、競馬チックの匂いがするぞ。」

  え…。

 「あの…久蔵殿?」

 何の匂いですって?と、覚えのない名詞が出て来たのへキョトンと仕掛かる七郎次とは真逆、

 「な…っ。」

 こちらは、明らかに身をすくませた男衆ふたり。心当たりがあるものか、そしてそれは疚しいことへ直結しているものなのか。往生際悪くも何か言い繕おうとしかけたものの、

 (菓子を作るものがそんなに化粧臭くてどうするか。よって、貴様ら)
 「銀嶺庵の者ではないなっ!」

 退くどころか踏み出しがてらにぶんっと振られた羽子板を、殴られるっというのは察したか、ひいと避けたその弾み、岡持ちの蓋が飛び、そこから転げ出たのは、縦長い木箱がそれぞれに数本。どれもこれも使い込まれて飴色になったものばかりで、房のついた組みひもで丁寧に封をされていて、

 「あ、それはっ!」

 茶室へ掛けようと出してあった、刀月殿秘蔵の掛け軸の幾つかだと、咄嗟に判ったのはさすが令嬢の七郎次だけだったが。そこまでの詳細は判らずとも、

 「和菓子屋が、
  どうして(そのようなものを)持ち出す(必要がある)?」
 「ちっ。」

 忌々しげな顔になった輩ふたり、舌打ちするとてんでに飯台を投げつけることでこちらを怯ませ、その間に駆け出さんとした手際も慣れたもの。

  とはいえ

 目眩まし半分の威嚇もどき、こうまで至近から飛んで来た飯台を。だのに怯みもしないで羽子板での一刀両断、側板から底板からばっきりと破砕した紅ばらさんと、

 「よくも父様のお気に入りをっ!」

 勝手口の傍らに掛けられてあった、日常使いのそれだろう柄の長いシュロ箒を引っ掴み、ぶんっと風切る音も凄まじく、ほんのすぐ鼻先という至近へ、鋭い一閃を繰り出して来た白百合さんだったものだから。

 「ひゃああっ!」
 「に、逃げるぞっ!」

 彼女らが怯んだ隙に、足元へ落ちた掛け軸を1箱だけでも拾おうと、諦めの悪い目論みを企んでいたらしい男らも。動揺の気配なぞ微塵も見せぬままに、一切怯まぬ女傑二人だったのには、逆に目を剥いたほど。延ばしかけてた手を引っ込め、その手をそのまま地面へ突いてのあたふた身を起こし、ひいと飛び上がるようになって、庭のほうへと駆け出したのへ、

 「どうしましたか?」

 遅れて辿り着いた平八が、ひょこりと来合わせたのと鉢合わせになる。

 「うあっ!」

 またもや真っ向からぶつかりかかった間の悪さに、たたらを踏んで尻餅ついたのが一人だけ。もう片やはといえば、平八の腕を掴み取ると、自分のほうへと引き寄せて。そんなものまで持っていたのか、飛び出しナイフを、羽交い締めにした平八へと突きつけた卑怯者。

 「それ以上 近寄んじゃねぇっ!」

 お友達が大怪我すんぞ、脅しじゃねぇからなと、懐ろにある小柄なお嬢様の頬へ、既に触れてるほどの突きつけようで凶器をちらつかせている輩であり。

 「ったくよ。
  金持ちなんだ、絵の一幅くらい恵んでくれてもいいだろうがよ。」

 しかも、ここの当主は画家なんだろ? 自分で描いて金になんだ、盗られたんならまた描きゃいい…なぞと、勝手なことを がなり始めたものだから。

 「こんの……。」
 「〜〜〜〜〜。」

 芸術性も判らん、鑑定眼さえない奴に言われたかないやと。実は既に、もっと高価な作品を茶室に掛けたばかりと知っていた七郎次が、憤懣に胸を焦がしつつも唸ってみせ。こちらさんはもっと純粋に、シチを愚弄するな、平八をとっとと離せと。それが叶ったならそれをスターターに、疾風のように飛び出す所存、久蔵が羽子板を握ったままで、やはり相手を睨みつけていたところ……、

  「よっとこらしょ。」

 そんな睨み合いの真ん中で、そんな呑気なお声が立ち上がり。何だなんだと双方が声の主を見下ろせば。そんなものどこに隠し持っていたのやら、歯磨き粉を思わせるチューブを手に、自分へ向けられた刃へ、捻り出した何かを塗りつけてたひなげしさんであり。両刃のナイフの刃を、根元から刃先、折り返してまた根元と、器用にも素早く塗り付けてから、さてと。ナイフの先を小さな手で掴んで、邪魔だ邪魔だと素手で退けてしまったからまあ驚いた。

 「……………え?」

 何が起きたやら訳が判らず、眸を点にしたのが賊の二人と七郎次なら、

 「…っ。」

 道理は後で考えりゃいいとばかり、身をかがめた平八の退いたあと目がけ、羽子板をぶんっと鋭く振り抜いての叩きつけ。ぎゃあっと野太い悲鳴を上げた男の手元へ、髪から引き抜いた花飾りをあてがうと、

 「〜〜〜っ!」
 「うあっ!」

 髪飾りの金具のところへ、どうやら例の○振動をまとわせたか。何かでコーティングされていた飛び出しナイフは、今度は粉々に粉砕され。その不気味な衝撃におののいたか、今度こそ、そちらの男も震え上がってしまい。情けなくも、その場へ へなへなっと頽れ落ち、座り込んでしまったのでした。








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 *……という顛末でございます。
  相変わらずという一言で片付けてもいいものか、お嬢様たち。

  「ヘイさんたら、あんなものを持ち歩いているのですか?」
  「いやぁ、今日は特別ですよ。」

  特別配合の、速乾性コーティング剤なんてのを持参していらしたのは、

  「愛用の小物の修理の都合があって、
   こちらへ来る途中、ホームセンターで買ってあっただけの話です。」

  ああ、店頭じゃあ扱ってないですよ?
  研究班の方々と共同開発した試作品でしたのでと、
   えっへんと胸を張るひなげしさんだったりしたそうで……。

  もうちょっと続きますので、よろしかったらお付き合いのほどを。


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